トランジ
先日図書館からある本を借りた。
これなんだけど、この中に「トランジ」という凄く好みの箇所があったので備忘録的に記しておく。
あと、僕が考えている死に対する恋文を書いておこうと思う。
僕がどれだけメメントモリしているか、死は知らないだろうね?
今更言うまでもないんだけど、僕は生死に非常な関心があって、死を纏いながらも生前の状態をある程度保った「死体」という状態には特に興味をそそられている。
それは何故か?と考えると、生を考えた時、一般的な考え方では生存していること、生きて実態としての体があり、命を存続させていることを生と言うと思う。
生は有限であって、期間には限界がある。「あいつは俺たちの心の中で生き続けているぜ!」みたいなのはあるのだが、実際には死んでいるし、俺たちの心の中で生きていると言う個人が死ねば、やはり「俺たち」丸ごと死ぬ。歴史上の高名な人物は歴史書に名を残すが、どんな人物でどのような思想を持っていたということが周知されていても、やはりその人はここにはおらず、死んでいる。
この世から居なくなってしまえば、死んでいるのだ。
有限な生に対して、死は無限に続く。
古生代の生き物が、シュメルの古代人が、ギリシャの英雄が、ローマの皇帝が、ケルトの戦士が、平安の殿上人が、戦国の侍が、遥か昔から死んだままだ。
生ある状態から生を失くし、体を失って墓に入るか、あるいは土になっても、死という状態はこれから永遠に続く。
百年経ったから死から新しいステージに行くということはない。
そうなるとこの世界においては、生とは一過性の状態で、死んでいる状態の方が長いということになる。
各宗教の思想はあるのだが、復活を待って死の次のステージに行く方もおられたり、成仏して次のステージに行く方がおられたり、輪廻転生してわんちゃんねこちゃんハダカデバネズミちゃんになる方もおられるのだが、それは宗教の話であって、実際は死というのは無限に続く。
有限なる生と、無限なる死の境界の状態、それが「死体」だと僕は考えている。
死体はいつかなくなる。腐敗して、骨だけになってリン酸カルシウムは酸性土壌の中でゆっくりと土に還る。
そう考えると、「死体」とは実にマージナルだ。状態としては生は失われているのに、体はある。この世だとかあの世だなんて言葉を使うと全ての宗教に対して公平性が保たれないからあまり使いたくはないのだが、しかし便利で好きな言葉でもあるので使うが、生はあの世にあり、死の状態にある体はこの世にある。これではそれぞれの居場所があべこべではないか。おもしろい。非常におもしろい。民俗学的に言うとケガレた状態にある。
もっと言うと、その境界性のある「死体」という状態が、その境界性を失って無限なる死にどんどんと近づいていく時間など、もうたまらない。
日本には「九相図」というものがあって、人が死んでから死体が変化していく様を九段階に分けて描写した仏教絵画なんだけど、我が国流のメメントモリなんだよね。
しかして仏教色がそこにはあって、人間の無常を悟り、修行僧の煩悩を払う目的があるとされている。
多くの場合は美女が野晒でだんだんと腐り果てていく様が描かれているわけだが、細かくその場面を見ていくと、
- 脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
- 壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
- 血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
- 膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
- 青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
- 噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
- 散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
- 骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
- 焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。
このうちの腐敗ガスが溜まって死体が空気入れすぎの風船人形みたいになっているところや、噉相の虫やら蛇やらに喰い荒らされるところなど、特によい。
これこそ生の失われたあとの、生と死の境界性の喪失の表像、表現としてまことに美しいと僕は思う。
で、冒頭の本の話に戻るんだけど、メメントモリという思想があるわけでこういった表現はその東西を問わない。
僕は不勉強で、この本を読んで初めて知ったのだが、西洋には「トランジ(あるいはトランシ)」というのがある。「腐乱死骸像」などと呼ばれたりもする。
このトランジというのは過ぎ行くものみたいな意味の単語で、死体のことも指したりするらしい。
中世ごろ、黒死病が流行ったりしたような時代に流行(というほどでもないが、西洋各地でまあ見られた)したよう。
ルネサンス期には徐々に衰退した模様。
非常におもしろいのは、このトランジも九相図と同じように僧侶が世と人間の無常を悟って象るもので、実に実に興味深いことには、この腐乱死骸像もまた、九相図の美女が鳥獣や蛇蝎どもに貪られるように、その身を蛆や蟇蛙などに食われている!
九相図は大学時代、毎日の様に見ていたし、国書刊行会の出してるでかい本も買ったのだが、いつかこちらの実物のトランジも見てみたい。
そうでなくても、図録のようなものはほしい。