かぜはく電脳曼荼羅

玄秘学、食文化、ゲーム、生と死に非常な関心があります。

今年の総評

僕個人的には、次に繋がる年になったことは事実だが、何か大きいものを作り上げることはできなかった年であった。

 

料理のレベルは随分上がった。

ジビエにも挑戦して一定の成果と技量の向上に繋がった。

この分野においては来年は得意分野を更に伸ばしたいと考えている。

具体的にはパスタ。

 

物書きの仕事が増えた。報酬は現物支給だが……。

この仕事は非常に僕にとって満たされる気分がする。続けていきたいし、増やしたい。

 

読書量は増えた一年だった。また、美術に対する興味が深まった。知らない画家やモチーフについても知ることができた。

特に中世〜ルネサンスの時代の絵画に持っていた関心が更に強くなった。

 

明確にこれを研究して、こういう形にしたいというものが出来た。そのうち形にしたい。

そのために実現可能性を高めていく。

 

興味のある分野でいくつかの出会いがあり、新たな人脈を得ることができた。

 

友人を大切にすることが出来なかった年だった。

ここは非常に心残りである。

さして別離や仲違いがあったわけではないが、かつてあんなにも大事にしていた友情に対して、僕は多忙を言い訳に不誠実な態度を取り続けている。

これについては来年は改善したい。

環境を整えることで現状から脱却したい。

 

今年買ってよかったもの

 

1.FireHD10+

これはいい。文章書くのが捗ってる。

あと軽いゲームもできるし映画とか一人で見るのもいい。

人によるだろうが、僕はサブPCとして使えている。

活用法は考えれば更に深まるだろう。サブモニタとしても使えそう。

ただカバー選びをミスってしまい、うまく立たない。

後述のキーボードと合わせて使うことでいい感じになっている。

これでOSがWindowsだったら本当にいうことないんだが……。

 

2.リングフィットアドベンチャー

これいい。運動が習慣化した。今寒いからやってないけど……。

だって運動すると風呂入んなきゃいけないんだもん。寒いわよ。

あと有酸素運動にはいいけど筋トレするには負荷が足りなさすぎる。なのでウェイトトレーニングと一緒にやるといい。内緒だけどリングフィットアドベンチャーのためにトレーニングウェアとプロテインを買いました。

激ウマプロテイン、「プロメテウスの火」を生み出してしまったことでカロリー計算の習慣がつくようになり、結果として健康になった。

 

3.IKEAのサメのぬいぐるみ

かわいい。

 

4.サイワサプライのBluetoothキーボード

強すぎる……。

テンキーがないのとカーソルキーが小さすぎること以外は完璧。打鍵感にうるさい僕も及第点をあげちゃうよ。

無線(笑)と思ってたんだけど実際使ってみるとキーボードは無線でいいやってなった。

FireHD10+と合わせて使うともう無敵で、文章作成がすいすい進む。

職場のPCはキーボードがクソなので長文打つときはこのキーボード使ってます。

また、PCやFireHD10+がなくてもスマホで日記書くときなんかも重宝しています。

 

5.ソーラーでもUSBでも充電できる自転車のライト

今どき高い金出して電池なんか買えるかアホ!

必要に迫られて買った割には良かった。

 

ほしい!ってなって買ったものはだいたいいいものだった。

 

 

総括として、年の最後に今まで僕が軽視してきたものの重要さに気が付いた。

旧交を温め、新たな人付き合いが始まったり、未来へと繋がるかもしれないいくつかの出会いがあった。

僕は狭く深くの人付き合いを信条としていたのだが、実感として人脈というものは人生において大きな意味を持ち、資産であると気付いた。

 

僕はいわゆるところのミザントロープ、人間嫌いを自覚している。

人間の中には、恐ろしく醜悪で直視に耐えない精神性の持ち主が多数いる。

そしてできればそういう人種とは付き合いたくないしお近づきにもなりたくないのだが、だからといって人間との接触を避け続けていると、自分の人生以外を生きてきた他者が、その人生の中で得た教訓や技術、そして個性に満ちた人間性に触れることが出来ない。

今年一番大きな学びはそこにあった。

 

こうまで酷い人間嫌いになる前は、僕はいろんな人間と触れ合っていた記憶がある。

いい出会いばかりではなかったし、吐き気を催す邪悪な人間を見たこともあった。

しかし今なお友人と呼べる人たちがいることや、人生の師に出会えたのもまた、あのとき人間と関わる選択をしたからだと思った。

 

僕はすでに虚無から解脱した。

そろそろ臆病な悪癖をやめて、新たな人類との関わり方を考えるときが来たのであろう。

人間に対する大いなる失望を立て続けに経験してからこのことに気がつくまで、実に8年かかった。

漠然と抱いていた嫌悪に満ちた鬱屈とした失意の泥炭から、今顔を出したような気分なのだ。

 

来年は人間との関わりと野望の実現を命題に生きていこうと思う。

 

 

はやくワインを開けろ!破れかぶれレバーパテ

 旧知の間柄だった猟師から鹿肉を沢山貰った。

 僕と家内も大概食材の分量について躊躇しないほうだと思うが、猟師いわく、「コロナで在庫がダブついとんねん!」とのことであった。

 そうだとしてもちょっと多すぎるってほどの量をいただいた。

 

 モモ三本、ハツ一個、レバーまるごとであった。

 モモやハツなどはどう調理してもうまいのだが、問題はレバーである。

 僕も家内もそんなにレバー得意じゃないんだよね。

 しかし捨てるなんて勿体ないし、ちょっと趣味の範囲で料理するんすよ〜とかイキってしまった手前、手に終えませんでしたなんてこの僕の沽券に関わる。

 

まずは無難にオイルソテーにしてみた。

レバーは新鮮だとうまい。

だがやはりレバー独特の味わいと、それ以上にこの食感が苦手なんだよな。

なんか食ったらだめなもん食べてるような

……。

味付けを変えていろいろやってみる。

 

甘辛煮、ワイン煮とやったところで、この方向性では1キロありそうなレバーを消費し切ることが出来ないと悟った。

 

こうなったらもう破れかぶれだ!

全部レバーパテにしてワインと一緒にやってやることにした。

 

僕の中のソワンが目覚めた。

 

まずはにんにくを油で炒めるでありんす。

必ずフライパンと油が冷たいとこににんにくをいれるでありんす。

さもないと油ににんにくの香りが移る前に一瞬でにんにくが焦げるんすから……。

分量?にんにくは好きなだけいれるでありんす!!

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フードプロセッサーでズタズタにした玉ねぎを投入するでありんす。

ミルポワッミルポワッ
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玉ねぎが軽くメイラード反応してきたらここにレバーを投入するでありんす。

あまりにレバーが多いので二回に分けて作るでありんす……。

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あっバター入れるの忘れてたんす!!!

本当は玉ねぎのとこでいれとくべきだったんす。
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いい感じにメイラード反応が起こって玉ねぎが色付いており、レバーにも焼き色がついたでありんす。

ブランデーとかでフランベして香り付けしてもいいんすから……。

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ここで更にレバーたちをフードプロセッサーにIN!!!

グチャミソにするでありんす。
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見積もりより多くなってしまうことはままあることでありんす。
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ついに100%完璧となったんすから……。
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酒と合わせてやるとキマる。

僕はレバーについて、味はともかくあの食感が苦手なのだ。

筋肉でも脂肪でもないなんかやばいものを食っているというやばい感覚がある。

 

一方レバーパテでは食感が気にならないうえ、にんにくや玉ねぎ、バターでレバー独特のあの臭みがマスキングされ、レバーのよさである味わいの強さは損なわない。

 

そしてそこにバゲットですよ。

バゲット一本あればワインも一本飲めるのだが、レバーパテがあったらバゲット二本いけますね。

いってどうする?それはわからないが、酒が進む。

 

日持ちしなくもないが味が落ちるので早く食うべし。

 

これからもレバー貰ったらレバーパテにしよう。

その上でその他の調理法も模索せねばなるまい。

 

かぜはくの仏教アナキスト的側面の終焉

十代前半から自分はリバタリアンだという自覚があった。

更に言えば、アナキスト無政府主義者)としての側面が強かったと言える。

徹底的に管理されることを嫌っていて、自分の幸福は誰かに与えられた自由ではなく、自分で得た自由を謳歌することであると考えていた。

 

しかし社会人になって以後は、アナキストで居続け、かつ自分の幸福を追求することに全力を費やす限り、誰かを救済することは出来ないのだと気付いた。

とかくこの浮世には苦しみが満ちていて、多くのものがその苦しみから抜け出すことが出来ずに悶えている。僕は自分の苦しみから自分の身を遠ざけることは出来ても、自分のそばで苦しむ誰かを救うことについては完全に無力であることを悟った。

 

少年時代の僕は浮世の苦しみに直面しておらず、世の中にこれほども多く生に苦しむ人間がいると思っていなかったのだ。だから自由意志による自己追求が当たり前にできることが普通だと考えていて、多くの人間がその気になれば自分で自分を救済できると考えていた。

 

だが現実は違った。

浮世の苦しみに喘ぐ人々は、憂苦に悩まされ、自分を救うための手段を執ることが出来ずにただ艱難の渦中に漂っている。

 

これまでの僕はそういう人間について、勝手に苦しんで勝手に死ねと思っていた。

教養と哲学が足りないから苦しむのだ。現状を改善しようと思うものだけが救済に近づくことができる。苦しみから身を護ることができると考えていた。

いわば上座部仏教的発想である。

 

ただその手法で生きることは、自分以外の誰も救済出来ないということだ。

僕はそれについて、僕自身にできることは他にもあると思ったし、ただ純粋にこの世の中の苦しみを少しでも少なくしたいと考えるようになった。大乗的発想へのシフトである。

 

これはなぜかというと、自分の想定より浮世に苦しむ人類が多かったためである。

そういう意味では、現実的な世に満ちる苦しみを直視する社会性と誰かを救おうとするほどの余裕が出来たともいえる。

仏教でいうところの大悲の思想である。

 

今でも僕は自分自身の幸福は自分で掴むしかないと思っている。

しかしながら、すべての人類が自分で自分を救えるわけではない。

その救われない人類が自分の身内であるならば、僕は力を尽くして他者を救いたいと思う。自分で自分を救うことが出来るものが皆他者を救っていけば、この世に救われぬ人類が少なくなる。単純なことだ。

その為に国家が必要であれば利用するし、国家とは別の枠組みが必要なのであればそれを作る必要があるとも思う。

 

そうしてかぜはくの仏教アナキストとしての側面は死んだ。

 

僕個人は他者救済の方法が仏教によるものだけが真であるとは考えていない。方法は何でもいいのだが、参考にしている一つではある。ただ、仏教とアナキズムは相性がいいように見えて、原初仏教から続く救済を目的とした理念においては、ことさらにアナキズムと同一視することに妥当性があるとは思えない。

 

アナキズムが終わってメシア・コンプレックスが始まったような気がするが、今の僕の最大の関心事は僕の周りの人類の救済である。

 

 

 

飲酒陶酔生活

酒を飲むといい気分になる。

人間はおおよそ血中アルコール濃度0.02〜0.05%あたりで所謂爽快期と呼ばれる状態に入り、爽やかで陽気な気分になるとされている。

なぜそうなるかと言うと、脳幹にある網様体という期間が麻痺し、大脳新皮質という理性を司る部位の活動が低下し、大脳辺縁系という感情や本能を司る部位が活発化するためである。

 

僕の場合は気分がよくなって、遠い異国のことがすごく身近に感じられたり、全能感と多幸感に溢れて、この世の美しさをより実感できたりする。

 

同じ人間という種族が地球の裏側にも住んでおり、各々の場所で生きている。

そして私達は生の苦しみに悶えながらも、同時に生の喜びを噛み締めながら生きている。

 

誰かと飲む酒の旨さと、一人で飲む酒の旨さが全く別であることを主張したい。

僕はどちらも美味しく酒が飲める派閥なのだが、どちらが好きかといえば一人で飲む酒のほうが好きかもしれない。

世界と自分が溶け合う実感が(実のところそれは酩酊が齎す妄想なのだが)あって、哲学が捗る。世界と自分のことを考えている時、この上ない幸福を感じる。

そしてそれを文章にしているときなどは無上の喜びがある。

 

飲酒は陶酔を齎す場合と、そうでない場合がある。

はっきり言っておくが、旨くなければ酩酊からの陶酔は得られぬ。

いい酒が、この世と哲学のあの世とのあわいに入り込む事のできる、いわば“黄金の蜂蜜酒”が必要なのである。

 

僕はウイスキーやワインを用いて飲酒陶酔生活へ入ることにしている。

時間をかけて飲むことに適しているからだ。

ワインを例にすれば、時間とともに変化する味わいはさることながら、やがて偉大なワインになることができるものを若いうちに摘んでしまうことも出来れば、自分の手で――そうはいうが実際にはワインの成長を見守ることしか出来ない――成長を手助けし、大いなる成長を目前で見ることもできる。いわんや味わうことをも、である。

現実の人間はそうはいかない。

これはたかだか数千円で得られる快楽としては、非常に得難いものであると僕は感じている。

 

しかし別の側面から見れば、穢に満ちたこの浮世を少しでも美しいものであると感じたいのかもしれぬ。

見るに堪えない苦しみに満ちた現世は、酩酊の眼鏡を通して見た時、ぼんやりと美しいなにかに映るのかもしれぬ。

果たしてそれが本当の世の姿であるかといえば、僕は決してそうではないと感じる。

だがそれが偽りの美しさであったとしても、ただ美しいものを見たいがために僕は酒を飲んでいるのかもしれない。

 

『ガリア戦記』における超やっつけ古戦解説

『内乱記』の方が好きなんだけど、訳書が極端に少ないんだよな。

 

ビブラクテの戦いとか、ルテティアの戦いとかアレシアの戦いとかを単体で詳しくみたことはあったのだが、そういえば『ガリア戦記』って通読してねえなと思って読んだ。

 

主要な登場人物たち

 

ガイウス・ユリウス・カエサル

女たらしのハゲの借金王。

戦略とセルフ・ブランディングとリーダーシップがやばいやつ。はげましの天才。

 

ティトゥス・ラビエヌス

カエサルが上司の時)戦術最強おじさん。

カエサルが上司の時は)こと戦術においてはカエサルよりも優れているやべーやつ。

カエサルが上司の時は)超頼れる忠実な中間管理職。

有能なんだけどカエサルのバフでちょっと盛られている人。

後年カエサルと戦ったときには全くカエサルに対応出来てなかったので、有能であるがゆえにカエサルのバフがすごいことを証明してしまっている。

 

デキムス・ユニウス・ブルトゥス・アルビヌス

ブルータスお前もかのブルータスのいとこ。

まだ若い青年でカエサルに顎で使われている。

色白という意味の名前がついており、ローマ婦人たちの本を薄くさせた。

 

オルゲトリクス

ヘルウェティー族の王。

ガリア全部俺らのもんにしようぜ!と言い出し、ヘルウェティー族を焚き付けて話をややこしくしたやつ。

クーデターを起こそうとしたのでヘルウェティー族に捕まり、自殺する。

 

ディウィコ

ヘルウェティー族のすいませんちょっと通りますよじいさん。

結局通してもらえず、しかも高すぎる通行料だけとられた人。

ローマにケツを叩かれすぎて一瞬叩き返そうとするが、ローマはリバ不可だったのでケツを叩かれて死んだ。

昔ローマのケツ叩いたことあったんすよwwwwが口癖。

 

ディウィキアクス

最低クソッタレコウモリ部族、ハエドゥイー族のえらいやつ。

弟がローマを裏切ったり部族がローマを裏切ったりする。本人はいいやつ。

でもローマのうまい汁をすするだけすすって土壇場で裏切るハエドゥイー族は許すな。

ガリアの小早川。

 

アリオウィストス

ゲルマン系スエビー族の王。

ガリアで好き勝手してる暴君。

でかい口叩いていたがカエサルに一発ボコられてすぐにゲルマーニーに逃げ帰った。

 

いやちょっと待て登場人物多いよ。似たような名前のやつ多いし見分けつかねえよ。

でもこいつだけ紹介しておく。好きだから。

 

ウィルキンゲトリクス

アルウェルニー族の勇敢な若い衆。

戦術に長けており、小規模戦闘とファビアン戦法においてはカエサルにも勝る。

無能のガリア人が平地で数に任せて戦おうぜ!!!とか言い出して、断りきれず大規模戦闘してローマに負けたやつ。

ガリアの楠木正成

 

 

戦記物とかでさ、とにかく包囲したら勝ち!!!みたいなのあるじゃないですか。

あながち間違いでもないんだけど、包囲って目的のための手段であって、包囲を目的にすると運用コストがかかるのとリスクが大きくなるので、ありとあらゆる面で包囲が有効かというと絶対にそうではない。

逆に半端に包囲すると、各個撃破されかねないという危うさもあるわけです。

 

今回はうまいこと包囲できそうな状態になって勝てるじゃんってなった瞬間にだめになった例、「ビブラクテの戦い」を解説したいと思います。

戦術大好きマンからしたら万回擦られた内容だと思う。

 

まず前段階として、新天地を求めてヘルウェティアを旅立ったヘルウェティー族はローマの属州(プローヴィンキア)を通ろうとしてローマに叱られ、別ルートで行こうとしたのだが、「ガリアにいらん戦乱の種を撒かれたらかなわん!」となったローマ軍は逃げるヘルウェティー族を追いかけまくってちまちまケツを叩いて殺したりしていた。

 

しかしローマは遠征してきてるわけで、ごはんがなくなったり物資がなくなると追撃が出来なくなる。

そういうことなのでローマ軍はヘルウェティー族のケツを追いかけ回すのを一旦やめて、ハエドゥイ族(同盟軍)の街で補給と休憩をすることにした。

 

これを喜んだのはヘルウェティー族だった。補給出来ないなら今追いかけて補給を断てば勝てるのでは?と考えて進路変更し、逆にローマのケツを叩くことにした。

 

ヘルウェティー族は昔ローマと戦争しており、その時のローマの将を残虐に殺したことがあったので俺ら最強だぜという自信に満ち溢れていた。

 

急に恥知らずなヘルウェティー族が追いかけてきた!ってなったローマ軍はビブラクテからちょっと離れたとこにカカッと陣を張り、ヘルウェティー族と会戦することにした。

 

ローマ、装備が充実してるし戦術も洗練されてるので、白兵戦は超強いんですよ。

ギリシャファランクス(密集陣形)の一斉突撃戦法を進化させたレギオーは柔軟性に富んでおり、ファランクスと比べて少ない単位(マニプルス)で動くことが出来た。

この会戦もローマのペースで、投槍でヘルウェティー族の盾を破壊→抜刀して白兵戦のいつものやつで簡単にヘルウェティー族を追い返すことが出来た。

 

そこに現れたのがヘルウェティー族の後尾を守っていたボイー族とトゥリンギー族の一万ちょっとの兵だった。ちょっと後ろからついてきていたのだが、それが今やっとヘルウェティー族の本隊に追いついたのだ。

ローマ軍がヘルウェティー族との緒戦に勝利し、ヘルウェティー族のキャンプ側に追撃したことにより前進し、その前進したちょうど横っ面にボイー族たちが当たったので、丁度片翼包囲の状態になった。

釣り野伏せ的な状況です。

 

ところで包囲の何がそんなにいいかというと、

 

ヘルウェティー

ローマ

 

この状態だと特にローマみたいな密集陣形の場合、身を護る方向が一つでいいのと、前列がだめになったときの交代が容易で、指揮もやりやすい。

この状態を正面攻撃と言う。

 

これが今回のような片翼包囲になると、

 

ヘルウェティー

ローマ→←ボイー&トゥリンギー

 

二面に対して威力を割く必要ができるため、相手に対するDPSが下がって身を守らないといけない箇所が増え、指揮も難易度が上がる。

戦術的マニューバを行える場所が減り、連携が難しくなる。

 

攻める側からすれば相手の弱点箇所を攻めることになり、DPSが上がり、しかも自軍の被害が減る。局所的にでも数的優位が発生するし、攻撃の方向性が集中する。

 

ここでローマ軍は非常に素早く対応したことで、難なくこの片翼包囲を乗り切ることが出来た。

 

それは、

 

ヘルウェティー

ローマ1

ローマ2→←ボイー&トゥリンギー

ローマ3

 

この状態だったのを、

 

ヘルウェティー

ローマ1  

    ローマ3→←ボイー&トゥリンギー

ローマ2

 

この形になったのである!!!!

 

それだけ?

それだけで片翼包囲は撃破できるんです!!!

 

要はこの状態は包囲された状態ではなく、陣形を鉤型陣形に変えたことにより、正面攻撃×2の状態にしたんですね。

 

これが偶然でなく用意された包囲だったならまた話は違ったのかもしれないけど、偶然できた包囲だったので練度の高いローマの処理力が高かったがために完璧に包囲の状態に出来ず、正面攻撃で各個撃破されてしまったのがヘルウェティー族の敗因でした。

 

結局のところ、包囲したとしても正面攻撃で正面の敵を倒すか、あるいは主力部隊が敵を倒すまでの間攻勢を引き付けておくだけの力が必要になるので、上手いこと包囲が成功して、運が味方して、補給できない状態に追い込んでいたとしてもDPSで負けたら何もかも崩壊するということです。

 

じゃあどうしてればよかったのか?

 

例えば地形を使ってローマ軍の戦闘できる人員を減らすなど、通行困難な場所を用いての翼包囲をしたり、数的優位を生かして初戦を偽装退却して兵力を温存しつつ、士気の高い状態で包囲状態に入れればワンチャンあったかもしれない。

すぐ裏切るハエドゥイ族を誑かしてヘルウェティー、ボイー、トゥリンギー、ハエドゥイ連合軍でローマ軍を完全包囲出来てたら理想的だったのかも。

誰が指揮取るのってなるとこで揉めてうまく行かないような気がするけど。

しかしまず前提として主攻撃をする部隊が弱いと包囲が完成しない。

ヘルウェティー族は緒戦で打ち負けてるので、偶然なったとはいえ練度の低い軍隊が練度の高いローマに対して包囲戦術をやるというのは、ちょっと無謀だったと言えよう。

一族郎党を引き連れて全く戦えない非戦闘員を抱えながら、なおかつ全軍を率いる将が曖昧な、勝つための準備が不足している状況で決戦しようとしたのがそもそもの間違いだったのだろう。

 

 

なお、この戦闘中はカエサルは戦術においてはぺーぺーだったので応援とかしてみんなを励ましてます。

すごいね、カエサル

 

参考文献

カエサル著 近山金次訳(1942) 『ガリア戦記』 岩波書店

室礼の試み -人類に争いを齎すおいしいプロテイン-

極端なイージーゲイナーである僕は、プロテインを避けている節があった。

 

本気で運動やトレーニングに取り組んでいた時に様々なプロテインを試したが、みるみるうちに足は丸太のごとく太くなり、コンクリートブロックみたいな胸筋になったり、菩提樹みたいな上腕が出来たりしたからというのもある。

ただそれ以上に、プロテインを飲むこととトレーニング効率を高めること、コストパフォーマンスを考えた結果プロテインを飲むことにいまいち意義を見いだせなかったということもあった。

遊び歩くお金が必要でしたし……。ネトゲもしないといけなかったし……。

 

しかし今また健康維持のためにトレーニングを生活に取り入れたことで、僕の中でのプロテインに対する接し方が変わりつつある。

社会人の限られた可処分時間の中で、トレーニングを効率化するためにはプロテインは欠かせないのだ。

だからプロテインを取り入れることで、コストはかかっても時間あたりの効率、MPS(マッチョ パー セコンド)を高めることが出来ると考えた。

 

プロテインを選ぶ際に重要な指標はいくつかある。

グラムあたりのプロテイン含有の高さだとか、味の良さ、腹持ちのよさ、溶けやすさなどあるわけだが、最初にこれだけは言っておく。

 

プロテインは美味くなればなるほど、プロテイン効率は落ちる!

いわば装飾性を高めて実用性を捨てたみたいな、儀礼用刀剣というか、見た目装備というか、そういうものになる。

効率を求める人はWPI(ホエイ・プロテイン・アイソレート)製法のプロテインとかを飲みましょう。

僕はグロングがおすすめ!(家内は香り嗅いで「なにこれ罰ゲーム?」って言ってたけど)

 

WPIだし味は(慣れれば(まあ))悪くない。

 

 

そうはいっても別に僕効率厨じゃねえし、異様に効率に固執してすんこくんみたいにほとんど違法サプリ飲んだりとかあえて太る剤を投与したりはしないですしね。

つうかすんこくんはほとんど違法サプリを飲む前に飯を腹十二分に食え。

 

そんなわけで僕がうますぎプロテインとして紹介するのはこいつだ。

明治SAVAS リッチショコラ味だ!!!!

 

 

ザバスはどこでも売ってますよね。

いや僕が積極的にプロテイン飲んでたときはあんまり種類なかったんですよ。

それが今やたくさんの種類が出てるじゃないですか。抹茶味とか。

どこでも買えるっていうのは実際凄いことですよ。始めようってなったときにすぐ始められるんだもん。

プロテイン効率のいいプロテインというのは、ちょっとマシなスポーツ用品店とか、アングラマッチョバーとかでないとコンスタントに手に入れられないのが問題なんだ。

ま、今の時代はAmazonがありますが……。

 

このリッチショコラ味は従来のココア味よりもかなりココアしており、リッチかと言われればそこはかとなくリッチなような気もするしショコラと言われれば朧気にショコラのような気もしてくるのだ。

 

しかしながらこのリッチショコラを試飲した家内は、「甘すぎる。ショコラと言うにはビターさが足りない。……ココア足しちゃえ!!!」

といきり立ち、明治ザバスと森永の純ココア悪魔合体させ始めたのだ!!!

 

ドサドサいうほどに大量のココアがプロテインと混ぜられていく光景!

気の弱い読者やストイックなトレーニーが見れば失神してしまうであろう冒涜的な、神(筋肉)をも恐れぬ瀆神行為!!

かぜはくは恐怖し、しめやかに失禁!!!

 

出来上がったものは禍々しい雰囲気を漂わせながら、僕の前にその姿を表した。

一口飲んだ家内が「えっ?これは……?」と顔をしかめる。

僕は今にも正気を手放してしまいそうな恐怖の中、ほんの少しの勇気を取り戻して、それにすがるようにしてシェイカーを手に取った。一口飲む。

 

「スタバやんけ!!!!!!!」

 

 

スタバだった。

言うなれば凍っていないチョコ系フラペチーノのような、濃厚な甘みとビターなココアの味を伴った、暴力的とも言える味わい。いや、これはもはやプロテインではない。

 

プロメテウスの火やんけ!!!!!!!」

 

僕は言い直した。

あるいはエデンの果実だ。そう思った。これに手を出してしまえば、もうそれ以前の世界には戻れない。アダムとイヴが羞恥を知り、楽園から追放されたように、プロメテウスがギリシャ人に火を教え、世界に争いが満ちたように…‥…。この元プロテインだったものは、世界(プロテイン)の理を無茶苦茶に破壊し、そして新たな存在が、概念が、絶対的な優越物がそこにあることを知らしめた。

 

だめだ!こんなものに手を出してはトレーニーとしての自我が崩壊してただプロテイン常飲おじさんになってしまう!やめろ!何をするんだ!!!その手を離せ!!!!!

 

コンゴトモヨロシク……」

 

邪悪な声が僕の脳裏に響いた。

お前なのか?プロメテウスの火

 

それ以降、僕はプロテインの時間が楽しみで楽しみでならなくなった。

味がよく、腹持ちもよく、おまけにタンパク質が豊富。

唯一の瀆神的添加物と思われるココアについても、よくよく考えてみればココアの原料はカカオである。つまり豆。要するに、ココアはプロテインなのだ。ホエイプロテインソイプロテインカゼインプロテインほどではないがアーモンドプロテインなどのプロテインもある。

つまりプロテイン×プロテインでこれは素晴らしい配合なんだよ!!!!

その証拠に森永の公式では次のように純ココアについて書いてある。

栄養成分[ 1杯 (5g) 当たり ]
エネルギー:18kcal
たんぱく質:1.1g
脂質:1.2g
炭水化物:2.1g
 −糖質:0.7g
 −食物繊維:1.4g
食塩相当量:0.001〜0.007g

 

見ての通りどこからどう見てもプロテインである。古事記にも書いてある。

 

僕の体は“プロメテウスの火”によって変えられてしまった。しかし僕はそれについて、どこか喜んでもいるのである。

 

熱狂的に何かにのめり込む生活をする為に

近頃、情熱を持って何かに傾倒するということが少なくなったように思う。

比較的色んなことに興味が向くのが自分の個性だと自覚しているのだが、寝食を忘れて没頭するというのがない。

そこまで何かに楽しみを見いだせていないのかもしれない。

 

推論でしかないのだが、何故そういうの(以下、熱狂とする)がなくなったかと言うと、寝食を忘れるほどの時間的余裕もなければ、精神的余裕もないことが原因ではないかと思っている。

 

「熱狂」が何にもならず霧散することはほぼない。何か形になったり、経験として得られたり、技能として習得することになったり、知識として吸収されて、僕という人間のさらなる発展に繋がったりする。

 

僕にとっては「熱狂」こそが人生の楽しみであって、自分への理解でもあり、自己研鑽という人生の目的であるといってもよい。

 

だから、時間がないとか余裕がないとかいうことで「熱狂」が出来なくなったとしても、あー最近やれてないな。もうだめだな。とはならない。

どうすればその環境で「熱狂」出来るかを考えることに力を尽くさねばならない。

これは自分自身の「熱狂」から得られるひりつきそれこそが、僕という人間の行動原理の一つであるからだ。

ひりつきてえ。ならばひりつかねばならぬ。

 

僕は今まで以上に「熱狂」がもたらすひりつきが得られる環境に貪欲になるべきだ。

それが今の霧中を進むが如き苦しみもないがひりつきもない、虚無から脱する方法ではないかと思う。

 

時間という資本が不足しているのなら、別の資本を使えばいいし、その資本の使い方に苦心することも僕をまた成長させてくれるだろう。